京都で暮らしていると、見慣れた工房や問屋さんの看板がいつの間にか下ろされていることがあります。
シャッターに「長年のご愛顧ありがとうございました」と書かれた紙を見つけると、しばらくその場から動けなくなります。
はじめまして、京都で着付け講師をしながら、和文化や和小物の記事を書いている浅野千夏です。
大阪の百貨店で8年間、和装小物の売場に立っていました。
帯締めや帯揚げ、かんざしを産地ごとに並べて、お客様と一緒に選ぶのが仕事でした。
着付け教室の生徒さんから、こんな相談をよく受けます。
「伝統工芸を応援したいけれど、何を買えばいいのか分からない」。
高価な工芸品にいきなり手を出すのは勇気がいりますし、自分の買い物が本当に職人さんの役に立っているのかも見えにくいですよね。
この記事では、まず職人がどれくらい減っているのかを国や京都市の資料で確かめます。
そのうえで、減っている理由と、普段の買い物でできることを5つにまとめました。
目次
伝統工芸の職人はどれくらい減っているのか
全国の従事者は約4.8万人、半数以上が50歳代以上
国が指定する「伝統的工芸品」は、伝統的工芸品産業の振興に関する法律(伝産法)にもとづいて経済産業大臣が指定するものです。
主に日常生活で使われること、製造の主要な部分が手仕事であること、100年以上続く技術や原材料で作られていることなどが条件になっています。
令和7年10月27日時点で、全国244品目が指定されています。
経済産業省が2026年7月に文化審議会へ提出した経済産業省説明資料に、この産業の推移が載っています。
| 項目 | 平成10年度 | 令和4年度 |
|---|---|---|
| 生産額 | 約2,784億円 | 約1,050億円 |
| 従業員数 | 約11.5万人 | 約4.8万人 |
24年ほどで、生産額は4割弱に、働く人は半分以下になりました。
同じ資料によると、令和4年度の従事者のうち50歳代以上が63.6%を占めます。
70歳代以上が18.0%なのに対して、20歳代までは6.0%しかいません。
もっと前までさかのぼると、数字はさらに厳しくなります。
沖縄県が公表している伝統工芸産業振興計画の素案では、全国の生産額のピークは昭和58年度の約5,405億円、従事者数のピークは昭和54年度の約28.8万人です。
令和4年度は、どちらもピーク時の5分の1以下まで減ったと整理されています。
京都の伝統産業も9年で4割近く縮んだ
私の住む京都市は、国指定の17品目を含む74品目を独自に「伝統産業」と定めています。
京都市伝統産業活性化推進審議会の令和8年度第2回審議会資料には、次の数字が出ています。
| 項目 | 平成27年度 | 令和6年度 | 増減 |
|---|---|---|---|
| 出荷額 | 約1,716億円 | 約1,049億円 | 39%減 |
| 従事者数 | 19,554人 | 12,256人 | 37%減 |
品目別に見ると、平成28年度から令和6年度にかけて、西陣織の事業所は約3割、京友禅・京小紋の事業所は約4割減りました。
百貨店にいた頃、お取引先の多くは京都の問屋さんでした。
当時の名刺を見返すと、もう連絡がつかない会社がいくつもあります。
数字で見る前から、肌で感じていた変化でした。
職人が減る理由は「売れないこと」とつながっている
総務省行政評価局は2022年6月に、全国の産地を調べた伝統工芸の地域資源としての活用に関する実態調査の結果報告書を公表しています。
報告書では、産地が抱える主な課題として次の3つが挙げられています。
- 需要の減少
- 後継者の不足
- 原材料・用具等の不足
報告書は、需要の減少が後継者不足とも、原材料・用具の不足とも関係しているとみています。
まとめて解決しなければ、技術の継承が途絶えるおそれがある、という指摘です。
これを売場の感覚に置きかえると、こういうことだと思います。
売れなければ、職人さんは暮らしていけるだけの収入が見込めません。
収入が見込めない仕事を、子どもや弟子に継がせるのはためらわれます。
注文が減れば、材料や道具を納めている人たちの仕事も同じように減っていきます。
報告書には、産地内の18事業者のうち11事業者で後継者が決まっていない、という例も載っていました。
本人が亡くなったり廃業したりすれば、そこで技術が途切れてしまいます。
報告書の前書きでは、生活様式の変化や安価な類似品の流入も、生産額や従事者数が減った背景として挙げられています。
食卓に樹脂の箸が並び、着物を着る日が減れば、注文が細っていくのは自然な流れです。
道具や材料をつくる人も消えつつある
2026年10月には、地元の京都から気になるニュースが届きました。
北國新聞の報道によると、京都市山科区の進藤謙商店が、9月末で砥の粉(とのこ)の生産を終えたそうです。
全国で唯一の製造元で、在庫がなくなり次第、販売も終えます。
理由は高齢化で、後継者もいなかったと報じられています。
砥の粉は粘板岩という岩石を粉にしたもので、漆器の下地づくりなどに使われます。
記事では、輪島の塗師さんが「伝統工芸を守るためにも、国には後継者の確保を支援してほしい」と話していました。
高岡で色材を扱う会社の社長さんの「受け継がれた技術があっても、材料がないと伝統は守られない」という言葉も紹介されています。
完成品をつくる職人さんだけでなく、その手前で材料や道具を支える人たちがいて、はじめて一つの工芸品ができあがります。
どこか一か所が欠けると、全体が止まってしまうのです。
私たちが買い物でできる5つのこと
需要が減ることが職人さんの減少とつながっているなら、買い手の側にもできることがあります。
私が売場や着付け教室で伝えてきたことを、5つにまとめました。
| できること | ひとことで言うと |
|---|---|
| 伝統マークの証紙を目印に選ぶ | 国が指定した工芸品かどうかの目安になる |
| 毎日使う小物から1つ選ぶ | 手ごろな箸やかんざしから始められる |
| 作り手や産地に近い場所で買う | 直接話を聞くと、選ぶ目が育つ |
| 贈り物に選ぶ | 自分では買わない人にも届く |
| 直しながら長く使う | 修理の仕事も職人さんの収入になる |
1. 伝統マークの証紙を目印に選ぶ
国指定の伝統的工芸品には、赤い丸に「伝」の字を組み合わせた伝統マークの証紙が貼られていることがあります。
沖縄県が公開している伝産法の解説資料によると、この証紙は産地の組合が検査を行い、基準に合格した製品に貼るものです。
証紙には「経済産業大臣指定伝統的工芸品」の文字、品目の名前、産地の組合の名前が入っています。
同じ資料には、伝統的工芸品には精巧な類似品も多く、一般の消費者が見分けるのはかなり難しい、とも書かれていました。
迷ったときは、まず証紙を探してみてください。
証紙が見当たらない品物もあります。
そのときは、お店の人に「どこの産地のものですか」と聞いてみましょう。
売場にいた頃、産地を聞かれて嫌な顔をする販売員はいませんでした。
むしろ話したくてうずうずしているものです。
2. 毎日使う小物から1つ選ぶ
いきなり漆の重箱や反物を買わなくても大丈夫です。
私がおすすめしているのは、毎日手に取る小物です。
- 箸や箸置き
- かんざしや帯留め
- 手ぬぐいや扇子
- 湯のみや豆皿
着付け教室では、まとめ髪用のかんざしを1本持つところから始める生徒さんが多いです。
毎日使うものは傷みも早いので、また買い足すことになります。
その繰り返しが、作り手にとってはありがたい注文になります。
京都の観光地では、こうした和小物の専門店も増えてきました。
伏見稲荷の参道には、2026年7月に株式会社和心の箸・箸置き専門店「箸や万作」が開店しています。
同社の発表によると、輪島塗・津軽塗・若狭塗の塗箸や京竹箸、清水焼・九谷焼の箸置きなど、800種類以上をそろえているそうです。
和心は「かんざし屋wargo」なども手がける会社で、「日本のカルチャーを世界へ」という経営理念を掲げています。
代表の森智宏さんは、1997年に個人事業として和柄アクセサリーの工房を始め、そこから全国の観光地に店を構える会社に育ててきました。
どんな考えで和小物の商いを続けてきたのか気になる方は、森智宏さんの経歴や人物像をまとめたページが読みやすいと思います。
観光地のお店には、産地の伝統工芸品と、気軽に楽しめる和柄の雑貨が一緒に並んでいることがよくあります。
どちらを選ぶのも自由です。
職人さんを応援したい日は、商品の表示で産地や素材を確かめてから選んでみてください。
3. 作り手や産地に近い場所で買う
産地の直売所や工房のショップでは、作った人から直接話を聞けることがあります。
使い方やお手入れの方法を教わると、その品物への愛着がまるで違ってきます。
話を聞くときは、こんな質問から入ると会話が弾みます。
- この材料はどこで採れたものですか
- 長く使うために、お手入れで気をつけることはありますか
- 傷んだら直してもらえますか
最後の質問は、5番目の「直しながら長く使う」にもつながります。
時期でいえば、11月が狙い目です。
経済産業省は昭和59年から毎年11月を「伝統的工芸品月間」と定めていて、毎年、開催地を変えて全国大会が開かれます。
神奈川県の発表によると、2026年は第43回の「KOUGEI EXPO in KANAGAWA」として、11月7日から9日までパシフィコ横浜で展示・販売・実演が行われます。
全国の産地の品物を一度に見比べられる機会は、そう多くありません。
近くに住んでいる方は、ぜひ足を運んでみてください。
4. 贈り物に選ぶ
伝統工芸品の通販サイトなどが2026年8月に500人を対象に行った調査では、暮らしに取り入れたい場面として「自分では買わないが、贈られるなら使いたい」が28.8%で最も多くなりました。
自分のためには手が出にくくても、人への贈り物なら選びやすい、という方は多いはずです。
贈るときは、産地のことをひと言添えると喜ばれます。
私がよく使うのは、こんな一文です。
- 京都の清水焼の箸置きです。毎日の食卓で使ってもらえたらうれしいです。
- 職人さんが一本ずつ仕上げたかんざしです。浴衣の日にどうぞ。
もらった人がその産地に興味を持てば、次の買い物につながるかもしれません。
5. 直しながら長く使う
伝統工芸品の多くは、直しながら使い続けられるように作られています。
百貨店の和装小物売場には、着物のしみ抜きや帯の仕立て直しの相談がよく持ち込まれました。
そうしたお直しの仕事も、職人さんの大切な収入になります。
塗りがはげた漆のお椀や、留め具がゆるんだかんざしも、すぐに捨てないでください。
買ったお店や産地の組合に、修理を頼めるか聞いてみると、意外と引き受けてもらえることがあります。
漆器なら塗り直し、かんざしなら金具の付け替えというように、品物によって頼める内容は変わります。
直して使った品物には、新品とは違う愛着がわいてきます。
まとめ
国が指定する伝統的工芸品の従事者は、令和4年度で約4.8万人まで減り、その半数以上が50歳代以上です。
京都市の伝統産業でも、出荷額と従事者数がこの9年ほどで4割近く減りました。
完成品をつくる職人さんだけでなく、砥の粉のように材料を支える人たちもいなくなりつつあります。
総務省の報告書が指摘しているとおり、職人さんが減る背景には需要の減少があります。
だからこそ、私たちの買い物にも意味があると私は考えています。
- 伝統マークの証紙や産地の表示を確かめて選ぶ
- 毎日使う小物から1つ取り入れる
- 産地や展示会で作り手の話を聞いて買う
- 贈り物に選ぶ
- 壊れたら直して、長く使う
全部を一度にやる必要はありません。
まずは今年の11月、気になる産地の箸置きを1つ選ぶところから始めてみませんか。
小さな買い物でも、その先には材料をつくる人から仕上げる職人さんまで、たくさんの手がつながっています。

